読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

退職した4人の銀行員による4つの真実

褒められもせず苦にもされず

人生に幸福行きのパケージツアーなどない、あってもかなり割高だ

「そうか、これでいいのか」

 

関西空港に向かうフライトの中で、渡辺匠はふと気がついた。

 

ゴールデンウィークを利用し、弾丸で中国を旅して回り、その帰途で旅の思い出を振り返っている時のことであった。

 

日本人の男三人旅の予定が、現地で中国人の女の子と仲良くなり、結局ずっと四人で行動するという何とも刺激的な旅であった。

 

本場の人もむせ返るような四川料理を食べ、中国人相手にgoogle翻訳を使って価格交渉を挑み、パンダや三国志など中国らしさのあるものを行き当たりばったりで堪能する。

 

友人の朝帰りを心配しながら就寝し、翌朝玄関の前で寝ている友人を発見し、クラブで白人達と踊っていたら帰れなくなった話を肴にモーニングをいただく。

 

四川という異国の地に、言語も通じない中、何も計画を立てずに足を踏み入れたものの、何とか4日間生き延びることができた。

 

トラブル続きだったが、そのトラブルが楽しかったともいえる。

そしてそれは自分にとって、非常に満足度の高い人生の営みであることに彼は気づいたのだ。

 

機内で翌日から銀行の営業部でせっせと働く自分の姿を思い浮かべ、その落差に絶望し、強く思った。

 

 

「いったい自分は何をやっているんだ」

 

 

その1ヶ月後、彼は上司に仕事を辞める旨を伝え、2ヶ月後には会社を退職することとなる。

 

 

 

「僕、実はこう見えて、エリートコースを着実に歩んできた人間なんです」

 

 

中国への旅行を面白おかしく話してくれた後、少し真顔になって、渡辺はそう言った。

 

小学校から塾に通い、中高一貫の私立の学校に進学し、現役で京都大学農学部に合格。

卒業後は誰もが知っている大手都市銀行に就職し、歴史のある大型の部店に配属されていた。

官僚を志したこともあったが、その硬直的な人事システムと再び勉強で自分の才能を証明するというプロセスに意欲が湧かず、就職を決意。

 

銀行で一生働くことはないと思っていたが、少なくとも3年はやるだろうという思いもあった。

 

「でもエリート意識みたいなのは、ほとんどなくて。ただ自分がやりたい、やらなきゃいけない、と思うことをやってきただけなので」

 

どこか納得のいかない、という表情で彼はそう続けた。

 

中学受験をしたのは、なんだかんだ地元で一番になりたいという負けず嫌いな部分があったから。

 

京大に進学したのは、その独自の文化とか、シンプルで美しい入試問題とか、京都での学生生活に憧れたから。

 

農学部を選んだのは、どうしても一度は大海で調査活動を経験したかったのと、女の子が工学部よりも多かったから。

 

ただのガリ勉くんにはなりたくなかったから、小学校も中学校も高校も野球部で最後まで活動したし、大学では勉強そっちのけで ボート競技に打ち込んだ。

そういう「意思とかこだわりが全て」の生き方をずっと貫いてきた。

 

 

「だから『何やっているんだろう、自分』って感じちゃうことへの耐性がものすごく弱いんですよね。もちろんそう感じる瞬間自体はたくさんありましたけど、問題が自分の側にあったので、解決できたというか。ゲームをせずに勉強をするとか、朝早く起きてトレーニングをするとか、面倒くさくても予定をドタキャンしないとか、そういった類の問題だったので」

 

それが社会に出てから、うまく解決できなくなったという。

 

あまりに下らないことが多すぎて「何をやっているのだろう」と感じても、じゃあ明日から気合を入れて頑張ろうとはならない。

 

先輩や上司や同僚がクソだと思っても、そこに自分の意見をぶつけてその人の価値観を動かすことができない。

 

偉い人の講話が校長先生の話並に面白くなくても、とりあえず聞いてA4裏表の感想文を8割程度あたりさわりのない内容で埋めることしかできない。

 

三角関数の公式を覚えた時も、一日に何時間もボートを漕いだ時も「これが何のためになるのだろう」という疑問は一切抱かなかった。

 

サインコサインタンジェントとひたすらに唱えたり、朝からただただオールを動かしたりすることの方が、仕事よりよっぽど内容がないというのに。

 

「銀行の仕事が下らないというよりは、銀行で働く明確な目的が見つからないというのが、一番の問題だったと思うんですよ」

 

お金は欲しいけど別にこの会社からもらう必要はないし、上にいって偉くなりたいなんて思いは1ミリもなかった。むしろ上に行って、楽に働きながらお金をもらっている人を見ては幻滅していた。

入社時は配属されたいと思える部署もいくつかあったが、もはや銀行の内部であればどこでも同じように見えた。

「じゃあ何のために日々暮らしているんだろうって。誰のためになっているか分からない仕事にひたすら忙殺されて、よく分からないけど生活だけ十二分に安定しちゃって、一体自分は何をしているんだろうって」

その葛藤は日に日に大きくなり、それが中国で表面化したのかもしれない。

 

だが、彼には社会人としての責任感が少なからずあった。

組織自体が大きすぎて、会社に迷惑がかかるというイメージは湧かなかったが、自分の担当している会社、そして自分が辞めたらその担当先を引き継ぐことになるであろう同期は確実に困る。それは確かだった。

 

しかし、同期は「いつ辞めてくれてもいい。多少仕事は増えるかもしれないけど、自分もこの会社に長くいる気はないから」と彼を励まし、担当先の社長は口を揃えて「自分たちのことは気にしなくていい。担当がコロコロ変わるのにはもうとっくに慣れているから」と言ってくれた。

中には「組織を抜けて会社を作って今までやってきた一人の人間として、若くして外に飛び出すその勇気をむしろ尊重する」と言ってくれる社長までいた。

 

もう彼を引き止めるものは、何もなくなった。

 

月末、次の月の営業ノルマを決めるミーティングが行われる前に、会社を辞める旨を直属の上司に伝え、その一週間後には部内で彼の退職が承認された。

 

「意外にもにもあっさりと認めてもらえたんですよね。その時の支店長が気をきかせてくれたのかもしれません。今でも本当に感謝しています」

 

 

その二週間後、渡辺は人事部に呼び出された。

退職まで残り一ヶ月を切ったタイミングだ。

仕事を早めに切り上げ、人事部のある本店に向かうと、そこで待っていたのはなんと就職活動の際、渡辺を採用してくれた先輩の高須であった。

その当時は人事部ではなかったが、渡辺の入行後、人事部に異動となり、今回の退職に責任者として携わるようになったのだ。

 

「さすがにびっくりしましたね。合わせる顔がないっていうか。気まずさも相当なものでした」

 

話は平行線をたどった。

これ以上頑張る気力がどうしても湧いてこないという渡辺と、もっと頑張って今の部店でちゃんと認められろという高須。

折り合いがつかないまま、時が流れていき、空気が滞りかけた時、渡辺は高須に対して一つの質問を投げかけた。

「『では今あなたはいったいどんな目標を立てて生きているのですか?』と聞いたんです。世間知らずのぺーペーがエリート街道まっしぐらの先輩に」

普通なら怒るだろう。誰に向かって言っているんだと。

 

だが、高須は少し間を置いて、素直に本音を語ってくれた。

 

「『家族を幸せにする良き父親でありたい。それで十分だ』そう言ったんです。その為に今頑張って働いていると」

 

素直に格好いいなと思った。

 

しかし、同時に今の自分には到底言えそうにないな、とも感じた。

高須と同じ年齢になった時、そのセリフをはっきりと言える大人になりたい。

そのためには、やはり今ここにいてはならないのだ。

 

「どうする?もう一度考え直すか」

 

高須は面談の最後に渡辺に向かって問いかけた。

 

「辞めます、すみません」

 

即答だった。

 

もし一年前に同じ面談があったなら、答えは変わっていたのかもしれない。

けれども、今の彼を引き止められる材料は、銀行にはもう残っていなかったのだ。

 

 

取材をしていく中で、旅行好きの彼らしいなと思った発言がある。

 

「就職活動はパッケージツアーだと思うんです」

 

財布には「京大」とか「体育会」とか「現役」とか「理系」みたいなお金が入っていて、予算内で自分の行きたいツアーを選ぶ。

メガバンクの売りは「安定」「世間体」「高給」に加えて「福利厚生」のセット。

電通だったら「ブランド」「やりがい」いまなら割引価格で、さらに「早帰り促進キャンペーン」もついてくる。

自分の財布の金額めいっぱい使っていいツアーを申し込む人もいれば、財布に余裕を残して、ツアーの最中に使うためにとっておく人もいる。

メガバンクに行く予算はあるけれど、地銀に入って余裕を持って仕事をしてもオッケーなのだ。

 

「でも、気づいちゃったんですよ。僕はパッケージが大嫌いな人間だって。自分でやりくりすれば、その半額ぐらいでその倍ぐらい楽しめちゃうって」

 

みんなが行きたい高いハワイで、ここに観光に行って、ここでご飯を食べて、ちょっと高いお土産を用意してもらって、「ね、楽しかったでしょ」とやられるのは全然魅力的じゃない。

それで帰ってきて「わーハワイ行ってきたんだ、羨ましい~」って言われても、むしろ戸惑うだけだ。

 

「それよりは、マニュアルみたいなのがない訳の分からない国に行って、色々とトラブルに巻き込まれながらも『何とかなったよ』って方がいいんですよね。人に話して自尊心を満たさなくても、自分の満足感が圧倒的であればオッケーというか」

 

大企業に入って幸せを実感することは、用意されたパッケージツアーを楽しむことに似ている。

それぞれに少しずつ異なる「幸せの形」が用意されている。

このタイミングでこれをやって、こうやってこうすれば、人生を存分に楽しめます、的な。

セットになっている分、お得だし、面倒なことは何も考えなくてもいいですよ、的な。

それをちゃんと楽しめる人にとっては、とてもいいことだと思う。

 

だから会社が悪いのではなく、用意されたものを楽しめない自分が悪い。

 

「本当にいい会社でしたよ。それは今でも思います」

 

多くの人が憧れ、入社したいと思うのも納得がいく。

 

「でもやっぱり割高なんです。そして、僕にとって何も考えないことは苦痛でしかない。それに気づいたんです。中国に行った時に」

 

あの時は好き放題動き回って飲んで食べて、そこそこ普通の宿に泊まっても航空券を入れた旅の総額は10万円を切っていた。

ゴールデンウィークに4泊もして、その価格で最大限エンジョイするのは国内でも難しい。

 

「 コストパフォーマンス」という言葉を使うとすごく薄っぺらくなるけれど、パッケージでは決して実現できない魅力が確実に、そこには存在する。

 

 

 

「これからもガイドブックに載っていない街を旅し続けます」

 

 

それがメタファーなのか、リアルな願望なのか、僕には分かりかねた。

 

 

ただ、知り合ってからそれほど時は経っていないけれど、

 

渡辺匠らしいな」

 

と感じた。

 

 

それこそが、彼が銀行を辞めてでも得たかった「何か」でなかろうか。 

 

答えのない想像を巡らせる。