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退職した4人の銀行員による4つの真実

褒められもせず苦にもされず

【4/13更新】満足度を上げるために如何に自分をコントロールするかについてめちゃくちゃ個人的な話をする。

 

私たちは自分自身をどの程度コントロールしているのだろうか。

 

常に理性的になるよう努めている人や本能の赴くままに生きている人、あるいは我儘に生きたいが理性に抑え込まれている人、もはや感情など持たない人、その按配はそれぞれだろう。

 

ダイエットをしたいがご飯を食べてしまう。

上司との飲み会はつまらないが我慢しよう。

どうしてもあの服が欲しいが今月ちょっと厳しいな。

なんかよくわかんないけどイライラする。

スタバでコーヒーを飲み、タバコを吸いながら本を読んで昨日の飲み会の写真をfacebookにupしたい、けど仕事に行かないと。

 

普通に生きているだけなのに、気づけばストレスだらけだ。

仮にストレスを溜めないよう本能100%で生きれば、

仕事に行かない暴力的な太っちょがスタバでfacebookを触り続ける羽目になる。

 

 

 

 

 

 

大企業に勤めている時、私は毎日のように「本能の赴くままに生きて〜」などと思っていた、いや、もう声にだしていた。

 

 

 会社を辞めて2ヶ月。

 

いま、私は、自由に生きている。

 

まさに思い描いていた、ストレスフリーライフスタイル、だ。

幸いにも、 スタバfacebook 太っちょヤンキーマンにはなっていない。

 

 

だがしかし、ストレスフリーの獲得は新たな問題が生んだ。

「金晩」を楽しむこと、それが全くできないのだ。

これは例えば金晩の話なだけで、別に金曜日の夜に限らない。

 

 もう大企業に勤めていた時ほど、休日に対するギャップを感じることができないのだ。

 

 金曜日の仕事が終わる瞬間、土日という希望に向かって全速力で走り出す、あのなんとも言えぬ快感を得ることが、私はもうできない。

 

絶望からのちょっとしたプラスへの急速な転換は、絶望の絶対値が大きすぎるが故に、

気付けば再現不能なものになっていた

 

どうすればあの快感を再び得ることができるのか。 

 

当時のギャップを

-100(平日)から3(金晩土日)への高騰とすれば、

今私はいつ何時も30ぐらいで推移している。

 

つまり、今私があの時の快楽を得ようと考えるのならば、

明日、突然133への暴騰を生み出す必要がある。

これは生涯通しても実現可能であるか甚だ疑問だ。

 

 

しかし私は思い付いた。

 

あえて自身をマイナスへ持っていくようコントロールすれば良い、と。

 

精神的にも肉体的にも、自分へある程度の負荷をかけ、突然負荷をとっぱらう、そうゆう風に自分をコントロールする。(別にしなくてもいいのだが。)

 

 

ところが、自分に甘々な私はこれ行うことがすこぶる苦手である。

眠たい時にはすぐに寝るし、腹が減れば何かを口に入れる、幸いセックスに関しては相手がいないので出来ないのであるが、肝心な性欲があまりない。

困った、本当に。

 

  

だから少しだけ、誰も見ていないこの場で、ささやかな宣言をしたいと思う。

 

明日からの一週間、私は以下を守って生活する。

 

1.朝ご飯、昼ご飯にはグミしか食べない。夜ご飯はサイゼリヤ可。

2.睡眠時間は1日6時間に抑える。 

3.毎日腹筋をする。回数は問わない。 

4.本を3冊読む。(読みたい本が3冊あるんで、時間的制約という意味で。) 

5.一週間後、再びブログに現れる。

 

 

 

とりあえずこんなもんで。

 

 

 

 

 

 

【以下、追記(一週間後)】

 

1.未達。

 はっきり言ってグミとサイゼリヤで一週間過ごすのは不可能である。

 理由は二つ。

 ・コメダ珈琲は朝11:00までに入店しドリンクを頼むとパンが無料でついてくる。

 ・肉を食わないと活力が出ないのだが、私はサイゼリヤの肉が好きでない。すき家で牛丼食べました。

 

2.達成。

 意外にも達成できた。各日の振れ幅は大きかったが、平均ちょうど6時間ほどだった。

 

3.達成。

 少し腹筋つきました。

 

4.未達。

 一冊しか読めず。サピエンス史(上)。なんなら下巻未購入。

 

5.達成。

 正直、特筆すべき面白い出来事もなかった。あまり人と会話をしていない。

 

 

 結論:日々の充実度は下がるどころか上がってしまった。つまるところ、負荷のかけ方を間違えたようだ。明日はゆっくり寝よう、とかそんなこと全く思わない。グミとサイゼリヤの制約を毅然と守るべきだったのだろうか。

 

人生に幸福行きのパケージツアーなどない、あってもかなり割高だ

「そうか、これでいいのか」

 

関西空港に向かうフライトの中で、渡辺匠はふと気がついた。

 

ゴールデンウィークを利用し、弾丸で中国を旅して回り、その帰途で旅の思い出を振り返っている時のことであった。

 

日本人の男三人旅の予定が、現地で中国人の女の子と仲良くなり、結局ずっと四人で行動するという何とも刺激的な旅であった。

 

本場の人もむせ返るような四川料理を食べ、中国人相手にgoogle翻訳を使って価格交渉を挑み、パンダや三国志など中国らしさのあるものを行き当たりばったりで堪能する。

 

友人の朝帰りを心配しながら就寝し、翌朝玄関の前で寝ている友人を発見し、クラブで白人達と踊っていたら帰れなくなった話を肴にモーニングをいただく。

 

四川という異国の地に、言語も通じない中、何も計画を立てずに足を踏み入れたものの、何とか4日間生き延びることができた。

 

トラブル続きだったが、そのトラブルが楽しかったともいえる。

そしてそれは自分にとって、非常に満足度の高い人生の営みであることに彼は気づいたのだ。

 

機内で翌日から銀行の営業部でせっせと働く自分の姿を思い浮かべ、その落差に絶望し、強く思った。

 

 

「いったい自分は何をやっているんだ」

 

 

その1ヶ月後、彼は上司に仕事を辞める旨を伝え、2ヶ月後には会社を退職することとなる。

 

 

 

「僕、実はこう見えて、エリートコースを着実に歩んできた人間なんです」

 

 

中国への旅行を面白おかしく話してくれた後、少し真顔になって、渡辺はそう言った。

 

小学校から塾に通い、中高一貫の私立の学校に進学し、現役で京都大学農学部に合格。

卒業後は誰もが知っている大手都市銀行に就職し、歴史のある大型の部店に配属されていた。

官僚を志したこともあったが、その硬直的な人事システムと再び勉強で自分の才能を証明するというプロセスに意欲が湧かず、就職を決意。

 

銀行で一生働くことはないと思っていたが、少なくとも3年はやるだろうという思いもあった。

 

「でもエリート意識みたいなのは、ほとんどなくて。ただ自分がやりたい、やらなきゃいけない、と思うことをやってきただけなので」

 

どこか納得のいかない、という表情で彼はそう続けた。

 

中学受験をしたのは、なんだかんだ地元で一番になりたいという負けず嫌いな部分があったから。

 

京大に進学したのは、その独自の文化とか、シンプルで美しい入試問題とか、京都での学生生活に憧れたから。

 

農学部を選んだのは、どうしても一度は大海で調査活動を経験したかったのと、女の子が工学部よりも多かったから。

 

ただのガリ勉くんにはなりたくなかったから、小学校も中学校も高校も野球部で最後まで活動したし、大学では勉強そっちのけで ボート競技に打ち込んだ。

そういう「意思とかこだわりが全て」の生き方をずっと貫いてきた。

 

 

「だから『何やっているんだろう、自分』って感じちゃうことへの耐性がものすごく弱いんですよね。もちろんそう感じる瞬間自体はたくさんありましたけど、問題が自分の側にあったので、解決できたというか。ゲームをせずに勉強をするとか、朝早く起きてトレーニングをするとか、面倒くさくても予定をドタキャンしないとか、そういった類の問題だったので」

 

それが社会に出てから、うまく解決できなくなったという。

 

あまりに下らないことが多すぎて「何をやっているのだろう」と感じても、じゃあ明日から気合を入れて頑張ろうとはならない。

 

先輩や上司や同僚がクソだと思っても、そこに自分の意見をぶつけてその人の価値観を動かすことができない。

 

偉い人の講話が校長先生の話並に面白くなくても、とりあえず聞いてA4裏表の感想文を8割程度あたりさわりのない内容で埋めることしかできない。

 

三角関数の公式を覚えた時も、一日に何時間もボートを漕いだ時も「これが何のためになるのだろう」という疑問は一切抱かなかった。

 

サインコサインタンジェントとひたすらに唱えたり、朝からただただオールを動かしたりすることの方が、仕事よりよっぽど内容がないというのに。

 

「銀行の仕事が下らないというよりは、銀行で働く明確な目的が見つからないというのが、一番の問題だったと思うんですよ」

 

お金は欲しいけど別にこの会社からもらう必要はないし、上にいって偉くなりたいなんて思いは1ミリもなかった。むしろ上に行って、楽に働きながらお金をもらっている人を見ては幻滅していた。

入社時は配属されたいと思える部署もいくつかあったが、もはや銀行の内部であればどこでも同じように見えた。

「じゃあ何のために日々暮らしているんだろうって。誰のためになっているか分からない仕事にひたすら忙殺されて、よく分からないけど生活だけ十二分に安定しちゃって、一体自分は何をしているんだろうって」

その葛藤は日に日に大きくなり、それが中国で表面化したのかもしれない。

 

だが、彼には社会人としての責任感が少なからずあった。

組織自体が大きすぎて、会社に迷惑がかかるというイメージは湧かなかったが、自分の担当している会社、そして自分が辞めたらその担当先を引き継ぐことになるであろう同期は確実に困る。それは確かだった。

 

しかし、同期は「いつ辞めてくれてもいい。多少仕事は増えるかもしれないけど、自分もこの会社に長くいる気はないから」と彼を励まし、担当先の社長は口を揃えて「自分たちのことは気にしなくていい。担当がコロコロ変わるのにはもうとっくに慣れているから」と言ってくれた。

中には「組織を抜けて会社を作って今までやってきた一人の人間として、若くして外に飛び出すその勇気をむしろ尊重する」と言ってくれる社長までいた。

 

もう彼を引き止めるものは、何もなくなった。

 

月末、次の月の営業ノルマを決めるミーティングが行われる前に、会社を辞める旨を直属の上司に伝え、その一週間後には部内で彼の退職が承認された。

 

「意外にもにもあっさりと認めてもらえたんですよね。その時の支店長が気をきかせてくれたのかもしれません。今でも本当に感謝しています」

 

 

その二週間後、渡辺は人事部に呼び出された。

退職まで残り一ヶ月を切ったタイミングだ。

仕事を早めに切り上げ、人事部のある本店に向かうと、そこで待っていたのはなんと就職活動の際、渡辺を採用してくれた先輩の高須であった。

その当時は人事部ではなかったが、渡辺の入行後、人事部に異動となり、今回の退職に責任者として携わるようになったのだ。

 

「さすがにびっくりしましたね。合わせる顔がないっていうか。気まずさも相当なものでした」

 

話は平行線をたどった。

これ以上頑張る気力がどうしても湧いてこないという渡辺と、もっと頑張って今の部店でちゃんと認められろという高須。

折り合いがつかないまま、時が流れていき、空気が滞りかけた時、渡辺は高須に対して一つの質問を投げかけた。

「『では今あなたはいったいどんな目標を立てて生きているのですか?』と聞いたんです。世間知らずのぺーペーがエリート街道まっしぐらの先輩に」

普通なら怒るだろう。誰に向かって言っているんだと。

 

だが、高須は少し間を置いて、素直に本音を語ってくれた。

 

「『家族を幸せにする良き父親でありたい。それで十分だ』そう言ったんです。その為に今頑張って働いていると」

 

素直に格好いいなと思った。

 

しかし、同時に今の自分には到底言えそうにないな、とも感じた。

高須と同じ年齢になった時、そのセリフをはっきりと言える大人になりたい。

そのためには、やはり今ここにいてはならないのだ。

 

「どうする?もう一度考え直すか」

 

高須は面談の最後に渡辺に向かって問いかけた。

 

「辞めます、すみません」

 

即答だった。

 

もし一年前に同じ面談があったなら、答えは変わっていたのかもしれない。

けれども、今の彼を引き止められる材料は、銀行にはもう残っていなかったのだ。

 

 

取材をしていく中で、旅行好きの彼らしいなと思った発言がある。

 

「就職活動はパッケージツアーだと思うんです」

 

財布には「京大」とか「体育会」とか「現役」とか「理系」みたいなお金が入っていて、予算内で自分の行きたいツアーを選ぶ。

メガバンクの売りは「安定」「世間体」「高給」に加えて「福利厚生」のセット。

電通だったら「ブランド」「やりがい」いまなら割引価格で、さらに「早帰り促進キャンペーン」もついてくる。

自分の財布の金額めいっぱい使っていいツアーを申し込む人もいれば、財布に余裕を残して、ツアーの最中に使うためにとっておく人もいる。

メガバンクに行く予算はあるけれど、地銀に入って余裕を持って仕事をしてもオッケーなのだ。

 

「でも、気づいちゃったんですよ。僕はパッケージが大嫌いな人間だって。自分でやりくりすれば、その半額ぐらいでその倍ぐらい楽しめちゃうって」

 

みんなが行きたい高いハワイで、ここに観光に行って、ここでご飯を食べて、ちょっと高いお土産を用意してもらって、「ね、楽しかったでしょ」とやられるのは全然魅力的じゃない。

それで帰ってきて「わーハワイ行ってきたんだ、羨ましい~」って言われても、むしろ戸惑うだけだ。

 

「それよりは、マニュアルみたいなのがない訳の分からない国に行って、色々とトラブルに巻き込まれながらも『何とかなったよ』って方がいいんですよね。人に話して自尊心を満たさなくても、自分の満足感が圧倒的であればオッケーというか」

 

大企業に入って幸せを実感することは、用意されたパッケージツアーを楽しむことに似ている。

それぞれに少しずつ異なる「幸せの形」が用意されている。

このタイミングでこれをやって、こうやってこうすれば、人生を存分に楽しめます、的な。

セットになっている分、お得だし、面倒なことは何も考えなくてもいいですよ、的な。

それをちゃんと楽しめる人にとっては、とてもいいことだと思う。

 

だから会社が悪いのではなく、用意されたものを楽しめない自分が悪い。

 

「本当にいい会社でしたよ。それは今でも思います」

 

多くの人が憧れ、入社したいと思うのも納得がいく。

 

「でもやっぱり割高なんです。そして、僕にとって何も考えないことは苦痛でしかない。それに気づいたんです。中国に行った時に」

 

あの時は好き放題動き回って飲んで食べて、そこそこ普通の宿に泊まっても航空券を入れた旅の総額は10万円を切っていた。

ゴールデンウィークに4泊もして、その価格で最大限エンジョイするのは国内でも難しい。

 

「 コストパフォーマンス」という言葉を使うとすごく薄っぺらくなるけれど、パッケージでは決して実現できない魅力が確実に、そこには存在する。

 

 

 

「これからもガイドブックに載っていない街を旅し続けます」

 

 

それがメタファーなのか、リアルな願望なのか、僕には分かりかねた。

 

 

ただ、知り合ってからそれほど時は経っていないけれど、

 

渡辺匠らしいな」

 

と感じた。

 

 

それこそが、彼が銀行を辞めてでも得たかった「何か」でなかろうか。 

 

答えのない想像を巡らせる。

何より大切なものを銀行は与えてくれない

銀行員というとどんなイメージがあるだろうか。

 

高給取り、真面目、安定、出世争い、最近では半沢直樹というキーワードも出てきそうだ。

 

一年半メガバンクで働いた経験から言わせてもらうと、その多くは間違っていない。

 

けれども、それだけでは分からない、もう少し深淵で生々しい部分があるのも事実だ。

本稿では、そこをできるだけクリアーにしてみたい。

 

最初に断っておきたいのは、ここで銀行のことを貶してイメージを傷つけたり、銀行はもっとこうあるべきだという企業論を並べ立てたりするつもりはないということだ。

自分が体験したリアルを文章に書き起こし、それを題材に何かしらの問題提起ができればと思っただけである。

 

加えて言うならば、最近のネットの記事は本当に面白くない。

読んでいて腹が立ってくることもあるほどだ。

検索されそうなワードを予測し、巷に溢れている情報を適当にまとめあげ、とりあえずクリックしたくなるようなタイトルをつける。

多くの人が「なんだよ」と思う記事を書いても批判はされないし、リピートなどもともと期待していないので、また新しい記事を書けばよい。

それはそれで一つのやり方なのかもしれないが、そういった類のものよりは具体的かつ本質的で、読んでいて「面白いな」と思う記事を書く自信はある。

 

前置きが長くなってしまったが、そろそろ銀行員の世界に足を踏み入れてみたい

 

***

 

私の知る限りであるが銀行には、

浮気して左遷された者

みんなに無視されて全く仕事をさせてもらえない者

怒鳴られすぎて耳が聞こえなくなった者

お金を不正に盗んで捕まった者

等々、色々な人がいる。

 

最近電通の社員自殺事件が話題であるが、銀行では毎年のように自殺者が出ている。

力技で隠蔽しているのか、それとも当たり前すぎて報道されないだけなのかは分からないが、実際私が働いていた時も「○○寮で人が亡くなった」という話を友人伝いに聞いた。

もちろん、その時行内で正式な発表などはなかった。

 

同期の中にはストレスで血尿になったり、頭がおかしくなって「もう来るな」と言われた者もいる。

 

これは僕自身が実際に見聞きしたまぎれもない真実であるが、そこに焦点を当てて「やれブラックだ」「やれ半沢だ」などと騒ぐつもりはない。

こういった社会の裏側的な部分は程度の差こそあれ、どこにでもあることだと思うし、だから早く辞めた方がいいと言いたい訳ではない。

 

ブラック企業=社員を長時間労働させた上で給料を支払わない会社”とするならば、むしろこんなにホワイトな会社はないだろう。

 

入ってすぐは給料が低く、昇給もそれほど速くないと言われているが、総合職は3年目までは年間150万円ほどのペースでほとんど差がなく昇給する。

病んだり、失踪したり、大事件を起こさなければ、誰でも年収600万円の世界だ。

いわば大学の授業と同じ出席点ゲーである。

 

少なくとも平日に合コンをしようと思えばできるぐらいの時間には帰れる。

 

全支店に食堂があり、寮も全国に完備、寮長やら管理人やら食堂のスタッフまでいて、クリーニングも取りに来てくれる。

 

宅配便は受け取ってくれるし、面倒な役所の手続きは全て代行してもらえる。

 

それが一般の人の光熱費ぐらいのお金で手に入る。

 

減っているとはいえ、退職金もたっぷり出る。

 

 

なんだ。

 

 

ただのスーパーホワイト企業じゃないか。

 

 

だけど、と思うのだ。

 

だけど、そのかわりに失っているものがあまりに大きい。

 

 

違うと思うことを違うと言わない。

 

変だと思ったことをまわりは無理して変じゃないと思いこんでいる。

 

その内、自分が「クソだな」と思われる側に回る。

 

この環境の中で自分の人生の半分を生きるという選択肢があるのか?

僕には到底理解できなかった。

 

まわりの人間が本来備えている感受性を少しずつ失っていく瞬間を見るのが、本当に辛かった。

 

ストレス的な要因で体や心が全く病む気は全くしなかったけど、悲しいと思うことがあまりに多すぎた。

 

 

ある時、同じ部店の先輩に「やばくないですか、この会社?普通じゃないですよ」と言ったことがある。

詳細は忘れてしまったのだが、上司の圧力で体と心が病んでしまい、行方不明になった人がいるみたいな話だった。

 

「まあでも銀行ではよくあることだからねぇ」

 

小声でそう言いながら、遠くを見つめていた先輩の寂しそうな横顔が今でも忘れられない。

 

繰り返しになるが、人が消えたとかイジメがあるとか、そういったことが問題だと言っているわけではない。

そこには個人差とか運とか相性とかいろいろな原因があるし、それを体験するのはほんのごく一部の人間で、ほとんどの人は普通に働いている。

上で述べたように過剰なくらい生活環境も整えられている。

 

問題なのは、自分の脳にふたをしてしまう習慣があまりに加速してしまっていることではないだろうか?

 

あまりにも下らないことが多すぎる中で、本能的にそれらから目を背ける習慣ができてしまって、そもそも下らないという感情を忘れてしまっていることではないだろうか?

 

もちろんなんでもかんでも反発するのはよくない。

空気を読むことも時には必要だ。

だけど、常識的に考えておかしいと思うことに関しては、少なくともそれをおかしいと思う権利ぐらいはあるのでは?と思うのだ。

 

偉い人のテンプレートのような話を聞いて、「なんか偉い人の割に、話普通じゃね?」と思いながら、でも目の前にはA4裏表の感想文の紙があって、それが誰に見られるのかは分からないけれど、とりあえず不安だからあたりさわりのない無意味な言葉を並べ立てる。

 

違うだろ?

 

「小学校の校長先生の話を聞いた時以来の眠たさでした」ぐらい書かかないと、あのオッサンたちの話は一生くだらないままで、そのうち自分がそれを話すことになるぞ。

 

パーティーの出し物をする前に、尺と内容を事前に上司に報告し、出し物として問題がないかを細かく確認する。

 

違うだろ?

 

「出し物はサプライズなんで事前にネタばらしすると面白くなりません」ぐらい言わないと、そのうちそれをチェックして下らなくする側にまわって、最後は当たり障りのない出し物を無表情で見つめる悲しいオッサンになってしまうぞ。

 

官僚が国のために死ぬ気で残業するのは、まだ分かる。

オリンピック選手がその一瞬のために努力している姿は美しい。

母親が子供を出産する時に苦痛が伴うのは自然の摂理だ。

 

だけど銀行員はそうじゃない。

 

半沢直樹の言葉を借りると、しょせん汚い金貸しじゃないか。

顧客の利益より、自分たちの利益を優先する、一営利企業じゃないか。

 

 

何が自分にとって大切なのかは、もちろん人によって様々だし、時と場所によっても変わる。

 

だけど、それを自分で定義できなくなったら、生物学上は生きていても人間としてはもう死んでる。

 

僕はそう感じてならないのだ。

 

日本という何でも手に入るすごく恵まれた国に生まれたのに、あれがない、これが嫌だ、でも仕方がないと、居酒屋でグダグダと人の悪口を言って溜飲を下げる彼らの姿が滑稽でならないのだ。

 

お前、インド人にしばかれるぞ?

 

そんな話に共感してくれる数少ない友達たちは、次々に会社を辞めていっている。

 

そんな時代です、今は。

 

***

 

外国人と話していて前職が銀行だと言うと、よく「大変そうだね」と言われる。

 

どう答えたものと悩む時期もあったが、最近はこう答えるようにしている。

 

「No,no. It's too easy. だってね、

YesとI am sorry だけ知っておけば、どんなに仕事ができなくてもクビにはならないもの。退職後も年金もらって悠々自適だよ。ね、いい会社でしょ?」

 

 

そして口には出さないけど、心の中でいつもその続きをこっそり唱える。

 

 

「でもね、心から幸せそうに働いている人を見たことがないんだ」

 

 

僕は辞めてしまった一人の人間として、自らの感受性を大切にし、人間らしく幸せに生きる義務があると思っている。

退職者体験記

退職者体験記

目次

Chapter1 はじめに

Chapter2 前職 

Chapter3 退職理由

Chapter4 1年7か月を振り返って

Chapter5 最後に。

Chapter1 はじめに

まず、この文章を書くにあたって「読んでくれる人に何が伝わればいいか。」を考えてみた。

読者からしたら、会社をやめろ!と言われたいわけでもない。

私が会社を辞めたことを自慢げに話すのを聞きたい訳でもない。

だから。

「今を考えるきっかけになればいいな。」と思った。

「今の環境が嫌で、退職を少し考えてきた。」そんな人たちに向けて書こうと思う。

また、読者を「未婚・若手社員(1~5年目)」を想定。

結婚している人やある程度役職を持っている人の立場は経験していない僕にはわからないし、体験していないことを書くのは違うと思う。

Chapter2 前職 

・某メガバンク勤務。

・資産運用(投資や保険、相続)の個人担当業務。

・1年7か月勤務。

・業務内容

投資信託、保険、相続などを販売すること。

イメージとして、「今は銀行の預金においても預金は全く増えない。100万円を1年定期預金でおいても80円しか増えない世の中だ。

また、将来の年金もどのくらい貰えるかわからない。確実に今よりも減っていく。

つまり、現在の日本は将来に対して不安な感情を抱かざるを言えない状況なのだ。

これをイラストなどが入りわかりやすいように製本された冊子を使い、いかに将来に対してお金が足りないかを伝えるのだ。

そして、それに対しての対策として投資信託や保険などの商品を提案し、購入してもらう」というもの。

Chapter3退職理由

その時の率直な想いは「あ、もう無理だ。」と感じたこと。

「このまま勤めれば生きていけるけど、幸せにはなれな。」っと。

そこに至るまでの原因は、仕事内容、人間関係、上司、会社の風土など様々あるが、1番は仕事内容である。

理由は2点あり、1点目が「自分が疑問を持っている商品の販売である。」

前頁にざっくり仕事内容を書いたが、自分の仕事はお客さんを幸せにしない仕事なのだ。

投資という行為はお金を増やそうとするのだから、リスクがあり、抵抗感が強い人が多く、話は聞いても、やろう(購入)しようとするお客さんは少ない。

折角話を聞いてくれて投資商品を購入してくれても、私の中で「もっといい投資商品があるのに、こんなものしか紹介できないなんて。」という疑問が離れない。

さらに、商品の性質上、信用して買ってもらったにも関わらず、元本を割れてしまうことが多々あり、その損失分は全てお客さんが被る。

そのため、好きだったお客さんから「お前を信用して買ったのに、お金が減った。どうしてくれる??」というクレームがくる。

「自分が進めたい商品ではないのに、販売して、状況が悪くなったらお客さんからクレームが来る。」状況であった。

2点目が、収益を上げる預金が沢山あるお客さんへ「投資しませんか?」という内容の電話。

上司から「今日の電話は〇件ね。」と言われるが、「時間の無駄。」としか思えなかった。

お客さんの立場で考えてみると、いきなり銀行から「投資しませんか?」と電話がかかってくるのだ。

自分の中で自分が何をしているか理解ができなかった。

けれども、給料をもらっている以上は、収益を上げなければならない。

やりたくないとは思いつつも、電話しなければならない。

当然、モチベーションは低いため、怒られる回数も多くなる、

その度にストレスがたまる。またモチベーションが下がる。悪循環である。

そんな中、辞めるきっかけなる出来事が起きた。

それは、同期との研修だ。

そこで仕事に対する熱量の違いを実感した。

自分にとって、いいとは思えない商品を「いくら売った。」と彼ら生き生きしながら話すのだ。その時に、自分の中で気持ちが決まった

「ああ、俺はこんな生き生きとなれない。こういう性格の人がここで仕事をしていけるんだな。自分はここに合わない。」と。

そう決意し、すぐ行動を起こした。

だが、退職を決意したと同時に最大の壁が立ちはだかった。

それが親の説得だ。

なぜなら、転職先もないし、やりたいこともまだ何も決まってない。

辞める理由も漠然としている。

つまり、無茶苦茶な状態なのだ。

また、社会人になってお金を稼ぐ大変さ。

仕事柄、自分がここに就職するまでにどのくらいのお金がかかっているか。

子を持つお客さんとの話の中で、子供に対して愛情をもっており、自分がどんな風に思われていたのかを知った。

「もうちょっと続ければいいのではないか。せっかくそんな企業に入れたのだから、もったいない。」と言われるのでないか。

そんな思いがあり、緊張しながら親の電話番号を押し、電話をした。

コールが鳴り、親が出る。「どうした?」と。

世間話もせずに伝えた。

「会社辞めるから。1回実家に帰りたい。転職先も特に決まっていないし、やりたいこともわからない。ただ、今の環境にいたら幸せにはなれない。」

間があり、親は「わかった。お前がそう思うならそうなのだろう。とりあえず、帰ってこい。」と言ってくれた。

(後から聞いたが、僕がそんなに長く続けずに辞めるだろうと思っていたらしい。これは流石としか言いようがない。)

正直、親に止められたら、気持ちはかなり揺らいでいた。

でも、後押しをしてもらえた。勇気をもらえた。

そして、次の日上司に報告した。

結果は案の定、止められた。3時間以上1対1で止められた。

「君がこの銀行に入った理由は何だ?それは達成できたのか?まだならそれはもったいないと思わないか?俺にはわからん。それで、君が幸せになれるか疑問だ。」と繰り返し言われた。

けれども、その上司の必死の止めように上司自身の保身が見えてしまった。

部下が退職してしまうと自らの管理不足となり、評価が下がってしまう。

自分で書くのもなんだが、上司とそれほど仲が良くなかった。

その上司が自分を必死で止める理由が保身以外にあるのだろうか?

ただ、上司の言うことは、もっともなのだろう。

仮にもメガバンクであるため、給料は平均よりも間違いなく高い。

また、世間体、福利厚生といった面でかなりの優遇がある。

それはもちろん考えた。

生きていくためには「お金」は必要不可欠なものだし、それなしでは生きてはいけない。

今の会社にいれば、生活に関しては問題ない。

しかし、それらのメリットよりも遥かに銀行で働く意義が見出せないのだ。

数年先自分が同期のように楽しそうに、幸せそうにそこで働いている姿が想像できなかった。

Chapter4 1年7か月を振り返って

1年7ヶ月を振り返ってみて、自分を雇ってくれたことにすごく感謝をしている。また、銀行に入って良かったと思っている。

良かったと思えることが3つある。

1つ目が、成長できたこと。

日本の根本である税の知識や社会の成り立ちの本質、人との出会いがあり、成長できたのは、この銀行に入ったからであり、入らなければできなかった。

実際、学んだことを生かし、おばあちゃんの相続や家族の保険の見直し、実家が家業をやっているため、経理面の改善を手伝っている。

驚いたことが、保険の見直しをしていると、父も兄も保険会社が儲かるどれも業界では良くない商品として認識されている商品に入っていたこと。

接客の際にも感じたが、日本には金融知識が特定の人にしかないと改めて感じた。

2つ目が、会社に入り、様々なことを知り、経験し、新しい発見があったこと。

1つ例を挙げるとすれば、私は社会人になるまで海外に行ったことがない。

「海外=よくわからない。怖い」と感じていたためだ。

ただ、ある時、1度会社の同期と海外へ行った。アジアの小さな国だ。

初めての飛行機、初めての異国。初めての生活。

ありきたりではあるが、日本とは大きく違う文化に触れ楽しく、自分の価値感がひっくり返った。

日本よりも貧しい国が日本人よりも楽しそうにしているではないか。

豊かさ=幸福ではない。日本人の方がずっと心が貧しいと知った。

それからもちょこちょこ行くようになり、来月あたりに数か月留学予定だ。

1先ず、それがやりたいことの1つ。

3点目は、仲間の大切さを改めて実感できたことだ。

退職の決意をして、それを同期にも伝えた。(これもかなり緊張した。)

ある人は泣いてくれたし、ある人はすぐに電話をくれて、話を聞いてくれた。

「ああ、こういった仲間ができて本当によかった。」

その人達とは、今も連絡を勤務していた時と変わらず取っているし、食事にも行く。これらかも付き合っていけるのだろうなと思う。

また、少し脱線になるが、退職をしたことで今が楽しい。

あの自分との葛藤の中で生きるよりも、自分のやりたい用に動けることが嬉しい。

1度社会人を経験したことで「時間」の大切さをより知った。

何しろ、社会人の方ならそうだが、学生の頃より「自分の時間」が極端に少なくなり、1日1日が過ぎるのがとても早い。

出勤して、働いて、帰って夕食を食べて寝る。

これが週5日、60歳の定年まで続くのだ。

それを知った今は、以前よりも1日を大切に過ごすことができるようになっている。

Chapter6  最後に

今会社を辞めようか悩んでいる人へ。

自分の幸せのためにしっかり考えて欲しい。

今の自分は幸せか。

このまま続ければ幸せになれるのか。

退職することは、悪いことではない。

むしろ、よく踏み出したと応援されるべき行為であり、また、労働者の権利である。

その権利を使いたいのに、使わないのであれば、それはもはや雇用主の「奴隷」である。

仕事はあくまでも、自分の人生を幸せにするための1つ。

お金を得るための行為の1つであり、全てではない。

この世の中には、お金の稼ぎ方なんて色々ある。

新しい職場だって山ほどある。

もし、退職について悩んでいて、決意できない原因は何か?

転職活動?給料に対する不安?

様々理由があるが、確かなことは1歩踏み出さないことには現状は変わらない。

1度きりの人生。

若ければ若いほどリスクは取りやすい。

失敗したとしても、それは経験になる。

自分を形成する1つとなる。

いくらでもやり直しはできる。

動くなら早いほうがいい。

最後に、私は小説家の伊坂幸太郎さんが好きで、その作中に書いてある言葉で終わりたいと思う。

「人間には選択する瞬間がある。決断の瞬間だ。その時、試されるのは、判断力や決断力ではなく、勇気なんだと思う。決断力を求められる場面が、人には突然、訪れる。勇気の量を試される。」

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人生は仕事と愛でできている。

まだまだ途中なので悪しからず

 

あと、文量もこだわりはない。

ただ書きたいことをとりあえず書いてるだけです。

誤字脱字、構成等、不十分な点多々あるかと思います。

 

 

 

11月7日(退職まで残り 営業日)

午前中の往訪を終え、いつものごとくコンビニでサボろうと営業車を運転していた時にふと思った、『あ、仕事辞めないと汗』

                         

その日の朝、めちゃくちゃ強面な次長が私を隣に座らせ、

その顔や普段の態度からは到底想像できないほど懇切丁寧に、

私の担当先一覧を広げ、この会社はこうしよう、あの会社はこうしよう、

そう指導してくれた。

申し訳なさ、それが決定打となった。

 

自分一人で担当先を持って一ヶ月。

自分でもびっくりするぐらい、やる気がまるで湧いてこない。

『これ以上、自分の人生を浪費するのはやめよう』本気でそう思った。

 

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全く好きでない会社の看板を掲げ、意気揚々と私はどこどこの誰々ですと自己紹介し、

なんかよくわからない金融商品を売り込む。これでもかというほどに売り込む。何が楽しくて売り込んでいるのかもう誰も考えない。ただただ売り込む。自己紹介しては売り込み、売り込んでからは自己紹介。後何年この会社で働いても、会社名と自分の名前が綺麗に並べられた名刺を、誇りを持って相手に渡せる日が来ることはなかったと思う。

あ、クラブで女の子をナンパするときには自信持って渡したっけな。

 

二年目の11月。はじめは楽しみだった。同期よりも仕事ができていたし、上司からも好かれていた。そんな環境にいたからこそだが、何より自信に満ち溢れていた。

窓口業務を終え、稟議書の書き方をマスターし、10月からやっと担当先を持った。独り立ちしようという時だ。

業務が少しずつ変わっていくたびに、少なからず希望があった。

その希望だけを頼りに二年弱働いた。

その希望はいつの間にか、営業車の中で、突然ふわっと消えてしまうほど薄っぺらいものに変わっていた。

約二年、長いか短いか、それは諸説あると思う。

けれど、この先何十年も働きたい会社なのかどうか、それだけを判断するには十分すぎた。

 

ちょっとここで自己紹介。

まずは銀行に入った理由を述べる。

そんな大したものではない。単純明白、『一番出世できそう』ただそれだけ。

恋愛や言葉遊び、ちょっとした駆け引きは好きなタイプだし、帰属意識もある程度高い、俯瞰力もあるし人に気に入られやすい、数字には強いしロジカルシンキングも好きだ。あとは学歴との折り合いだけだった。

しかしながら、就職活動には苦労した。いかんせん、本気で入りたいと思う会社などなかったからだ。偽りの姿で臨んでも、簡単に入れる会社などそうない。まさに朝井リョウさんの「何者」だ。これまたしかし、当時は本気でエリートサラリーマンになりたいと思っていたから、本当に苦労した。その分、第一志望であったこの会社に内定をもらっときはかなり嬉しかった。

 

入社してからは楽勝だった。

嫌な奴と思われるかもしれないが、本当に、同期と会うたびに自分の有能さを実感できた、居心地が良かった。日々の業務でも苦労することはなかった。

実際、私は順調に出世コースを歩んでいた。職歴は短いが同期の中では比較的いい配属だったし、(これは後から聞いた話なのだが)次の転勤先も希望していた海外だった。

 

つまるところ、このまま退職せずに続けていれば、学生の頃に目指していたエリートサラリーマンになることができた。

 

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昼すぎに部店に戻った。

辞めることはさっき車の中で決めた。一度決めてしまえば、行動あるのみ。

デスクに座り、次長に話しかけるタイミングをこれほどかというほどに見計らう。私の得意技だ。

次長が席を立った、食堂へ向かう、、、今だ。

配食カウンターに次長を確認、そのままそこを通り過ぎ、奥にある喫煙所へ。

一服し、心を落ち着ける。

セブンスターを一本根元ギリギリまで吸ってから喫煙所を出た。

そのまま次長が座っている方へ忍び寄る。

座っている次長よりもさらに態勢を低くし、その動きで次長が私に気づいた瞬間囁いた。

「すみません、あとでどうしても言わなければならないことがあります」

「少しお時間頂いてもよろしいですか」

明らかに動揺している次長を横目にデスクへと足早に戻った。

  

しばらくして、食堂から戻ってきた次長に呼ばれ、二人で会議室に入った。

 

 「やめてフェアトレードがしたいです、あ、あと、会社も作ります」

 午前中、営業車に乗るまでこんな展開は予想だにしていなかったので、自分でも引くほどに何を言っているのかわからなかった。

が、それにも増して、次長があたふたしていたのをはっきりと覚えている。私の無茶苦茶なロジックはすんなりと受け入れられた。

 

15分ほどして会議室を出ようとした時、衝撃の一言を告げられる。

「じゃあ、部長に言う時また教えてくれ、なんか協力できることあったら何でも言ってな」 

 

「ありがとうございます」と反射的に返したが、

そんな言葉とは裏腹に、

 『やられた。』心の中でそう呟いた。

 

てっきり、直属の上司にさえ伝えれば、あとは自動的に部長、人事部へと伝わるものであると勘違いしていた。

次長への退職宣言は何の意味もないものであったのだ。

というか、協力できることあったらて、、、、、いますぐお前から伝えろや!!!

 

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さてさて、ここからいろんなミッションが生じてくる。

 

まずは、部長に伝えるタイミングと内容を考えなければならない。

そう、辞める理由だ。もちろん、それなしに次長への退職宣言を行ったわけではない。

辞める理由などクソほどある。

けど、どう伝えても、辞める=現職の否定となってしまう。

 

辞める理由はネガティブとポジティブが半々といった具合だ。

 

それをポジティブ100%に盛らなければならない。

というのも、50歳の上司を前に、二年目の私が現職を否定したところで、説得力は皆無だからだ。

相手の立場になって考えればよくわかる。自分が長年続けてきた仕事を若造に否定される。

その若造がどんだけまともなことを言っていたとしても、決して受け入れることはできない。日本経済を担ってきた大企業の一員として、30年間築き上げたもの全てがペーペーに否定されることなど、あってはならないのだ。

銀行で出世している一昔前の世代の人たちは、未だに日本は世界的経済大国で、それを引っ張っているのは自分たちだと勘違いしている。

確かにそうゆう時代もあったのだと思う。

 

ただこれだけは気づいて欲しい。時代は変わっているのだ。

 

少し脱線したが、兎にも角にも、部長にどう斬りこむか考えなければならない。

ネガティブを一切捨象し、ポジティブオンリーでどう戦うのかを考えなければならない。

 

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布団に入り、今日、営業車の中で退職を決めた時の感覚を思い出してみる。

すると突然アドレナリンが出てきた。

その時ばかりは理由なんてどうでも良かった。

儚く散ったあの希望は、私を唯一会社にとどめていた理由だった。

もう一切の未練がないことを改めて感じ、興奮していた。

 

『これでやっとパーマがあてれる』

 

翌朝、いつもよりちょっとだけ早く起きた。

 

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先ほどから連発している 希望 の正体について述べておく。

 

一言でいうと、仕事が好きになる期待値 といったところだろう。

 

入社時、例えばその期待値が100であったとしよう。

一年目の窓口業務、同期との会話、上司の考え方、

様々な要因でその数値は減少していった。

逆に増えることもあった。先ほども述べたように、業務が変わるごとに50まで落ちていたものが100に戻ったり、上司に認められることで時には120まで上昇していたかもしれない。

 

期待値の求め方はみんな高校で学んだはずだ。

 

ここでは以下のように求められるだろう。

 

仕事に対する希望 =(未来1の楽しさ)×(未来1になる確率)+(未来2の楽しさ)×(未来2になる確率)+ …

 

希望が突然消えた時、それは期待値が0であることに、感覚的に気づいた瞬間だった。

 

そう、未来xの楽しさをf(x)とすると、

それはまさにf(x)=0 (−∞≦x≦∞)

 

あることに気づいた瞬間だった。

 

どんな未来が訪れても、楽しい未来は待っていない。

ならば前提条件である、この会社に勤めること、を変えるしかない。

 

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11月11日(退職まで残り 営業日)

 

『あ、今日はポッキーの日か』

 

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ポッキーの日と言えば1年前を思い出す。

 

銀行員1年目、私は窓口業務を行っていた。簡単に言うと研修のようなものだ。

口座開設や振り込みなど、支店に来る個人のお客さんの対応をしていた。

思い出してみてほしい、銀行スタッフは女性ばかりだ。

そう、そこには必ず小さな女社会が存在する。

私の場合、支店部長と私を除き、支店課長以下全員、女性職員であった。

「女社会」と言う単語がどうゆう状態を形容しているのかは人それぞれであるだろうが、

私の場合は、「感情のままに動く人たち」といったとこだろう。

 

結論から言うと、とにかく辛かった。

いかんせん、会話ができなかった。どんなにまともなことを言っても、女社会の中では無力。完全感情主義だ。女課長の機嫌を損ね、全職員の前で、女課長に完膚なきまでにフルボッコされることが多々あった。それ自体は個人的に面白かったのだが。

課長に限らず、先輩が全員女性であったので、いちいち気を使った。一度不機嫌になってしまうと取り返しがつかない。年上の女性に気に入られそうな可愛い後輩を演じた。まあ、それが功を奏して、お局さんにもよく気に入られていたのだが。

まともに会話できるのは同期の馬場ちゃん(仮名)だけ、マイペースなAB型の可愛らしい女の子だった。

馬場ちゃんも私同様、よく課長を怒らしていたが、振り返ると私よりも気にしていなかったように思える。

誤解を与えると良くないので、先に弁解しておくが、何も女性を否定しているわけではない。ただ働くことにおいて、感情ベースをここまで全面に出されると(たまたま私の職場がそうだっただけだと思う)、私としてはやりずらかったというだけだ。

 

さて、読者の中には、この後、馬場ちゃんとの恋愛話が私の退職体験記に華を添えるのではないかと期待する人がいるかもしれない。

先に言っておくが、そんな鮮やかな華は、この体験記にはない。

 

 

あ、なぜポッキーの日に1年前のことを思い出したかなのだが、

女課長の一声で、業後にポッキーパーティが行われた。

みんながポッキーを持ち寄り、ただポッキーを食べるだけなのだが、

それが嫌すぎて、早く帰りたすぎて、机の上にあるポッキーを手当たり次第食べまくったことを、なぜか支店時代の一番の思い出と言ってもいいほどに、鮮明に覚えているからだ。

 

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その日がポッキーの日であることを意識したのは、通勤電車の中の一瞬だけだった。

 

職場の最寄駅で駅を降り、職場まで10分ほど歩く。

『やっぱり今日だな』心の中でそう決めていた。

というのも、明日は土曜日。

せっかくの土曜日を、むしゃくしゃした気持ちで迎えるのは非常に勿体無い。

 

デスクにつき、部長のスケジュールを確認。

自分の外訪と照らし合わせ、どのタイミングで話しかけるか考える。そう、私の得意技。

 

次長の時と同様、先制パンチは食堂でだった。

パンチの威力、精度、すべて一緒だった。

前回同様、やはりこれがベストだった。

「すみません、あとでどうしても言わなければならないことがあります」

「少しお時間頂いてもよろしいですか」

 

部長の目が泳いでいた。「わかった」

 

デスクに戻る。

次長の時よりもやはり少し緊張が強かった。

部長は根っからの頑固親父、自分の考えが100%正しいと思っており、部下からの信頼はゼロ。メガバンクで働くことが、まるでこの世の中で一番偉いかのように、銀行員と言う職に誇りを持っていた。

次長の時のように簡単には終わらないだろうと容易に想像できた。

 

『どんなに前向きな理由を述べたとしても、あの部長が許してくれるだろうか』

 

そんな不安に加えて、とうとう何を話すか明確には決めていなかった。

その場の流れにうまく対応する。これまた私の得意技だ。

何度か考えようともしたが、辞めることを決めているにもかかわらず、辞める理由を考えるのもなんだかバカらしい。

 

『絶対辞める』という強い意志、ネガティブな理由は言わないという礼儀、そして、会社を作るということは言わない、この3つだけを武器に臨んだ。

 

※3つ目はどうゆうことかというと、この時点では、会社を作ることは決まっていたが、その会社が一体なんなのか、当の本人にも全くわかってなかったからである。

 

部長がデスクに戻ってきた。

お呼びはかからない。きっと対策を練っているのだろう。

そのまま私は次長と外訪に出た。

 

帰りの車のなか、「で、部長にはいつ言うんや?」と次長。

「あ、今日言います。さっきアポとりました」何ともポップに返す私。

少し驚く次長。『こいつほんまに言うんか』笑いながらも、そんな表情だった。

 

「本当は来週末11/18.19の部店旅行が終わってからにしようと思ってたんですけど、部長に話さないと話が全く進まないな、と思いまして」この時ばかりは少し嫌みっぽく言ってしまった。

私がわざわざ部長のアポを取ってまで告白しないといけないのは、紛れもなく次長のせいだ。

 

店に戻ったのは、まだ外が明るい時間帯だった。

デスクについて30分ほどした頃だろうか、

部長に呼ばれ、部長室へ入った。気合十分。

 

部長の目の前に座る。

途端にHPが半分くらいに削られた。

 

部長「で、どうしたんや」

私「あの、実は会社を辞めさせていただきたいと思いまして」

部長「なんでや」

私「どうしてもフェアトレードがしたいんです」

部長「会社も決まってるんか?なんて会社や?」

私「はい、〜です」『嘘だ』

部長「どんな会社やねん?」

私「ほにゃららほにゃらら」

部長「意味がわからん」

私「?」

部長「そんなん銀行でできるやろ。—部にいけば~できるし、ー部にいけば~ができる。そんな小さい会社入らんと、ここでキャリア積んだ方が絶対いいやんけ。だいたいその会社年商なんぼやねん」

私「1億ぐらいだと思います」『知らんわハゲ』

部長「全然大したことないやんけ。総合商社いきたいとかならまだわかる、そんな会社いつ潰れるかわからんぞ」

 

ここら辺で私の口はすでにカラカラ、もちろんHPは0。

きっとこの人には何を言っても聞いてもらえない、そう思った。

 

部長「ほんまにわからんわ、メガバンクでできなくて、その会社でできることってなんやねん」

私「、、、こんなこと言ったらアホかと思われると思うんですけど」

最後のあがきだ。部長を怒らせないよう、少しあやふやな言葉で伝える。

私「本気で世界を変えたいと思うんですよね。広義な意味で。今の企業って、収益体質になってしまって部分がどうしてもあると思うんですよ。ほんとは、企業が社会的に何かバリューを生んで、その活動を続けていくために、サスティナビリティを保つために収益を得る。そうゆう本当の意味で、バリューを生んで世界を変えるような、そんな仕事がしたいです。」

 

『やっと少し本心を言えた』そう思うと同時に、『ミスった』、そう思った。案の定、、、

 

部長「当部が収益しか考えてへんいうんか」

私「いや、そうじゃないんすけど」ヤバイと思って食い気味に言った。

私「当部では本当によくしていただいてますし、不満など一切ありません、部長にもほんと感謝してます…」

部長「正直、お前には期待してたから裏切られた気分や、自分の息子なら殴ってる」

 

そこからは部長に何を言われたかはあまり覚えていない。かなり興奮した様子で、30分ほどは怒鳴られていた。

私は戦うことをやめ、辞めるという意思だけは曲げずに、ただ時間が過ぎるのだけを待った。

 

部長「とりあえず一週間考えて、もっかい話そ」

 

その言葉を最後に、長い長い第一戦が幕を閉じた。

 

退職までの道のりが、やけに遠く感じられた。

 

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11月18日(退職まで残り 営業日)

 

部長に告白してからちょうど一週間。

その日は先輩と車で通勤していた。

そう、今日は業後にそのまま部店旅行に行くのだ。

 

最初はこの部店旅行が終わってから部長に告げるつもりであった。

というのも、旅行の一部である翌日土曜日のゴルフコンペで部長と同じ組だったからだ。

 

『今日の面談次第では、もしかしたらゴルフを楽しむこともできるのかな』

そんな淡い期待を寄せていた。

 

定時に退社する。

それを目標に部内は朝からバタバタだ。

 

そんな先輩たちを横目に、ただひたすら、面談のことだけを考えていた。

『今日で決まってくれればいいのだが』

 

先週部長に退職を告げてから、副部長、次長1、次長2と3回は1対1で飲みに行った。

部長から指令が下ったのだろう。

みんな言うことは一緒だった。

「別にお前の人生だから好きにすればいいと思うが、もう少しいてもいいのではないか」

2時間の飲みの席をまとめたらそんな感じだ。

全く心は動かなかった。

別に上席のことが嫌いなわけではない。むしろ好きだ。

ただどうしても、自分の望まない人生を歩んできた大人たちの言葉には、説得力がなかった。

 

午後2時。

雲行きが怪しくなってきた。

ここから定時まで、どう考えても私のスケジュールと部長のスケジュールがマッチすることはない。

『最悪の状態でゴルフ回らなあかんやん。』

 

午後5時。

みんなで車に乗り込み、旅館へ向かう。

もちろん面談は行われなかった。『やっぱりか』

 

風呂に入り、宴会が始まる。

居心地がものすごく悪い。早く終わって欲しかった。

 

0時ごろだろうか、上席陣がやっと就寝。若手だけが残る。

ここでやっと緊張が切れたのだろう、なぜか私はベロベロだった。

 

先輩相手にスリッパで卓球に挑み、

みんなでコンビニに行った後、道路に向かって立ちションしていたらしい。

綺麗に証拠写真まである、が、

全くもって覚えていない。

 

翌日のゴルフのスコアがボロボロだったことは言うまでもないだろう。

メンタル、フィジカル、共にズタズタだった。

 

結果はブービー賞で次回幹事、辞めたいと行っているにもかかわらずその抱負をみんなの前で発表させられるという最悪のオチつきだった。

 

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11月21日(退職まで残り 営業日)

 

今日は研修だ。

部店には行かず、同期のみで本部に集まる。

 

なんども来ている研修室に足を入れる。

 

研修が始まった。

講師「今日、忘れ物をした人は?電卓も持って来たか?」

 

電卓がいるなんて聞いていない。そもそも案内を読んでいない。

私を含め数人が手を挙げた。

講師「後で取りに来るように」

 

言われた通り、意気揚々と一番に取りに行った。講師は鬼の形相だった。

講師「君、事前課題出してないよね」

私「はい」

講師「なんで?」

私「なんで?」

理由などない。

一度出したが、やってない部分があると内線がかかって来た。時間がかかるにも関わらず、あまりにしょうもない内容だったのでそのまま無視しただけだ。

講師「ふざけてるの?」

私「いえ、そうゆうわけでは。時間がありませんでした。」

講師「だったら連絡するのが礼儀でしょ、君、お客さんにもそんな態度とってんじゃないの?」

これにはカチンと来た。仕事を辞めようとしてからも、手を抜いて仕事をしたことはない。

朝、低血圧であることも重なって、思わず睨みつけてしまった。

講師「次から気をつけるように」

 

今すぐにでも辞めたいのに、退職の話が全く進まず、精神的に不安定だった。

 

研修中は携帯でひたすらキングダムを読んでいた。

たまたま同じグループに居合わせた同期があまりに不出来だったので、グループワークだけは少し参加してあげた。

 

『早く辞めないと』

同期を見て、その思いが一層強くなった。

同期が仕事の話で盛り上がっているのを見るととてつもなくイライラした。

うちの部はこんなに大変だとか、こんだけ稼いでるとか、めちゃくちゃ嫌味な先輩がいるとか、、、なぜかとてつもなくつまらない。

 

精神が不安定になるにつれ、仕事を飛ぶ と言う発想が生まれて来た。

 

定時。

研修が終わると、基本的には各々の上司に終了の報告をしなければならない。

暗黙のルールのようなものだ。

 

大半の人はそのまま部店に戻り、仕事をする。

私も今まではそうだったのだが、戻っても特に仕事がないし、なんとも電話ですら次長と会話をしたくない。

 

研修所を出てそのまま近くのアパレルショップへ。

大学の頃のバイト先だ。当時の同僚がまだ働いていた。見た目はただのヤンキー、中身はただの地元大好きヤンキー。けれど仕事はよくできた。一緒に働いていて、要領がいいというか、阿吽の呼吸というのか、とても楽しかった。

歳は一つ下なのだが会話はタメ語、けれど名前だけは君付けで呼んでくる。

私が社会人になってからもよく飲みに行った。

 

なんとなく報告したかったのだろう。

出会い頭、二言目ぐらいで、「あ、俺仕事辞めるわ」そう言った。

 

ヤンキーは笑っていた。

それを求めていた。とてつもなく心地よかった。

報告したかったのではなく、ただただこいつを笑わすために来たのだと気付く。

 

そのままヤンキーの仕事が終わるのを待ち、飲みに行くことに。

 

ヤンキー「てかなんで辞めるん!笑」

私「クソつまらんから笑」

ヤンキー「いや、そんなん俺もおもんないから!笑」

私「いやでもお前、仕事の話してる時楽しそうやで。」

ヤンキー「それはない!」

私「まじまじ」

ヤンキー「逆の立場やったら死んでも銀行にすがりつくけどな、別に楽しくなくていい」

私「そう!それ!そーゆうことなんよ!」

ヤンキー「何が?笑」

私「俺は人生楽しみたいだけ♪」

ヤンキー「いや絶対後悔するって!俺はスーツ着てサラリーマンなんかしてみたいよ。朝仕事行く時電車乗ってて、自分だけ私服なんやで。大学生みたいでめっちゃ恥ずいから!」

ヤンキーにはヤンキーなりの仕事に対する苦労がある。

私「でも髪の毛伸ばせへんねんで!」

ヤンキー「うわ、それはきつい」

私「やろ!」

とりあえず私が論破した。

私「そんでさ、めんどくさいことすっ飛ばして明日にでも辞めれる、なんか面白い理由ないかな?」

ヤンキー「そんなん一個しかない!ピンサロ行って本番やって捕まったらいい」

私「ありやけど無しやわ。ピンサロで本番すんのはいいけど、お前みたいに前科は欲しくない」

ヤンキー「せやな、前科はないほうがいい笑」

ヤンキーとの会話はいつもこんな感じだ。

 

私「明日飛んだろかなー」

ヤンキー「本気でゆーてる?」

私「半分ぐらい」

ヤンキー「一旦いこ、あと一年」

私「長いわあほ」

ヤンキー「せめて三ヶ月」

私「長すぎ。決めた、明日とりあえず行かへん」

ヤンキー「ほんまにあかんて!!!笑」

このやりとりをお互い懲りずに5回ほど続けた。

 

私「てかさ、なんでそんな止めてくんの?」

ヤンキー「うーん、なんでやろな。めっちゃ辞めたがってるから」

私「意味のないデモかよ」

ヤンキー「いや、効果抜群でしょ?」

私「ノーダメージじゃ笑」

 

そこからヤンキーの近況について話した。

ヤンキーの奥さんのこと、最近飲酒運転で捕まったこと、仕事をサボっている後輩を血まみれにしたこと。

こいつの人生はいつも話題が尽きない。

 

気づけば日付が変わろうとしていた。

その頃には完全に、明日会社を休もうと心に決めていた。

 

寮に帰り、布団に入る。

『さて、どうやって休もうか』

 

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なぜこんなにも行きたくなかったのか、正直あまり覚えていない。

 

辞める会社で、これ以上不毛な時間を過ごすのがとてつもなく嫌だったのは確かだ。

まさに時間の浪費。

例えるならば、嫌いになった彼女とでも言えるだろう。

一度嫌いになった途端、嫌いな部分しか目に入らなくなる。別れることを決めているにもかかわらず、実際に破局するまでの無駄な時間を過ごす不毛さに、苛立ちが増長していく。

そんな感じだ。

 

『飛ぶことの何が悪い』本気でそう思っていた。

私が仮に飛んだとして、2週間もすれば職場はことなきを得るだろう。

確かに多少の迷惑はかけることになるが、職場の上司や先輩と今後会うことはほぼほぼない。

けど、不思議なもんで、嫌いになった彼女を別れるという形式なしにキパッリ無視することができないように、仕事を飛ぶことはどうしてもできなかった。

 

その葛藤の結果が、とりあえず休んでみる、だった。

 

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11月 日(退職まで残り 営業日)